末次先生のこだわり

今日は末次先生のこだわりについて書いてみます。

まずは下の画像を見てください。

画像


画像


上はちはやふる
下はNANA


この2つの漫画のフキダシを見比べてみてください。

NANAの方にはフキダシに‘しっぽ’があるのに対して
ちはやふるの方にはしっぽがないことが分かると思います。
(しっぽ=尖っている部分)

両作品を全編ざっと通して見たところ
NANAの方にはフキダシの9割以上にしっぽがついている一方、
ちはやふるの方には2割程度しかついていませんでいた。

ぼくの手元にある他の漫画とも比べてみましたが、
ちはやふるほどしっぽの少ない漫画はありませんでした。


フキダシのしっぽが少ないとどんな良いことがあるのでしょう?

それは、漫画が視覚的に美しくなるということです。

フキダシのしっぽが取り除かれるだけで
圧倒的に絵が美しくなります。

いったん意識してみると
あの尖った変な形状のものはとても無粋に見えます。

しっぽが少なければ少ないほど
漫画は美しく見えるのです!

もっと言ってしまえば、
フキダシ自体なくしてしまった方が
絵は一段と美しくなるのです。


さて、フキダシのしっぽ(orフキダシ自体)を少なくすると
問題は生じないのでしょうか?

もちろん、あります。

読者の混乱を生む可能性がアップします。

そもそもフキダシのしっぽというのは、
誰がそのセリフをしゃべったのかを確定する
重要な機能を有する装置(記号)であり、
漫画の基本的な表現技法。

そのためしっぽがないとなると、
読者としてはそれ以外の要素、つまり、
言葉遣いや文法、構図、セリフの文字、囲みの装飾などから
誰が話した言葉であるかを判断するしかなくなります。

当然、読者が作者の意図とは異なる読み方をする可能性が
格段にアップするわけです。

誰がしゃべったのか疑義を生まないためには
NANAのように可能な限りフキダシのしっぽをつけるのが得策。

それでも末次先生は
読者に伝わらないリスクがあると分かっていながら
視覚的に美しい漫画を目指してフキダシを削っているのです。

フキダシやしっぽを削るのは
結構手間のかかる作業のはずです。
どこまでなら省略しても読者が読み取れるかを
計算して省く作業をしなければならないのですから。

このような労力を割いて
そして読者に読み取ってもらえないリスクを取ってまで
絵の美しさを追及した末次先生のこだわりは素敵です。


Twitterで
「君は人に判断を任せるような描き方が多い。
もっとわかりやすく示さないとこのコマの意味も
このエピの意味もわかんないよ」と
言われたと書いてありました。

この指摘は確かにそのとおりですが、
読み込むと気づける部分があるというのは
ファンとしては楽しいものです。

個人的にはいまのスタンスを続けてほしいと思います。


★あとがき

はぁ、11月に書こうとしていた記事がようやく書けました。

コメントも放置していてすいません。
時間みつけて必ずレスします。



漫画『ちはやふる』

 1巻~4巻(一首~二十三首) 各話感想 目次

 5巻~8巻(二十四首~四十七首) 各話感想 目次

 9巻~12巻(四十八首~六十八首) 各話感想 目次


アニメ『ちはやふる』

 アニメ『ちはやふる』 各回感想 目次



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